2012年2月13日月曜日

追走


 日曜日、久方ぶりに自転車で昼食に出るということです。義父母には切干大根の煮たものと麩じゃが、酢のもの、お味噌汁を用意してあります。
 しかし、どの方向にいくのかが、知らされていないのに着いて行かなければならないのです。いきなり止まったり、方角を変えたりついていくのには、難儀です。どうやら向島方向ではなく浅草方向です。めざしていたのは並木の藪のようです。雷門から並木の方向に行くと、あの風情ある蕎麦屋が見当たらないのです。
 ついこの間まで在ったじゃない!。物事の移ろいの激しさには、嘆きとも驚きともつかないものがあります。並木の藪はおでん屋になっていました。あの蕎麦笊を返した出し方。菊正宗のみのゆる燗。失くしてから惜しいと思うものです。
 仕方がないから、あの無愛想な鰻でと行ったら、日曜休み。まったく当てなく走り出すのですから、後を追うのは堪ったものではありません。行きついた庶民的と思った鰻屋。良かったです。これが、何に感激したというと、山椒なのです。捻った店号入りの薄紙に山椒が使い切り分入っています。今まで結構浅草近辺の鰻屋に入っていますけれども、山椒にこだわった在り方は、初めてなのです。山椒好きな私には感激です。そして、お漬物も柚子大根の千切りに胡麻切りを振ったものと柴漬け。連れ合いと話します。これからの在り方は、もう一度、自分でつくる事の復権じゃないのかしら。と言う事です。単なる手作り志向ではないのです。それは某百貨店業界や、某流通業界の臨界を超えた、もののやり取りではないかと思う確信です。数世代かけて、変わっていく道筋。手前味噌の時代ではなくなった?。今、手づくり味噌を呼び掛けて苦しいけれど、お漬物もそうです。この間まで各家庭の味で良かったものが、いつの間にか売り手の味、生産の味になってしまいました。食べる側の味。つくる持ち寄る考える、分かち合う仕組みに変えていくのです。誰もついてこなくても構いません。私が、それを確信しているから。

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