2018年3月21日水曜日

原本が届いて


 父の遺したイラスト図。弥陀の四十八誓願図。ここに鳩の木を使いレタリックで南無阿弥陀佛とした自筆のもの。滋賀県から私の手元にと送ってくれたものです。
 この図を大切にしてきた人たちの思いを受け止めるには私は非力だなと感じています。
一羽一羽のまなこに映っているのは、今までの、そして今の、これからのすべての事でしょう。オリジナルな唯一な四十八誓願図に、父が受け止めていた他者の苦しみ、悲しみ、非力、凡愚、煩悩などを、そしてそれがまた、父自身の苦しみ、悲しみ、非力、凡愚、煩悩などを覚っていつつ描いたのだと思うのです。仏画であるともいえるけれど、一般の寺に収まっていたような図ではないものを、裏打ちし額に入れて大切に扱ってくれていた人たちがいる。どれだけの、その思いを私ごときが、文庫番だといいながら、ろくに整理もできていない日々、そしてこれからの自分のわずかな時間で整理できるのでしょう。
 御開帳していくには、どうしたらよいのか、自問。
 

2018年3月13日火曜日

甘夏




 ちょうど、資料の掘り出しをしていた日に、配送で3個の甘夏が届いて、ママレードにしようと考えています。
 農薬を使わずに甘夏を育てるのは、水俣の生産者の祈りのようにも思えます。水俣反農連さんの95年のメッセージ。真ん中に杉本栄子さんの文章。文庫番が子育て中、自分の育った山で母が作っていた夏みかんのママレードを子どもたちにも食べさせたくて、2㌔箱で買っていた頃、中に入っていた紙が資料の中にあるのです。自分が山に居た頃石牟礼道子さんの「苦海浄土」を読んでも、障害者の人たちと暮らしている状況で、もとの働ける身体に戻してくれ!という意味のことばにはやはり距離を感じてしまい、それでいいのだろうか。本当にそういうことばだったのだろうか。その意味は。と長くしこりを残したままだったのが、杉本さんの文章に出会って、「生きんがために」そのことばで、共感できたのでした。自身が水俣病で冒されていたからこそ、無農薬のミカンでないといかんのだと。・・・。ここに熊本弁のままで書かれている深さ。そして、小欄に書かれているそれぞれの生産者の言葉。阪神大震災へのお見舞いの気持ち、購入している消費者への励まし。それを読んでいくと、ああ、誰しもが生きていくという事がいとおしい。写真の中のどの方だろうと一枚の紙を見ながら、ママレードを作っていたこと。
 今年も、3.11の味噌仕込みをして、台所から繋がる。一方的な支援ではなく、教えられることの交流を続け、それは、水俣と台所で繋がっていたこと、教えられたこととまた反復します。
 マハラバ文庫の「きなり歳時記」の中では、もとの働ける身体にという事の本歌取りで、働ける身体を損なった男は・・・と敗戦記念日の短文に使わさせてもらっています。それは反農連の一枚のチラシのことばで、こなれることができ書くことができたのでした。