2017年3月31日金曜日

胡桃餡で


 凍み餅を!充分に水に浸けた凍み餅をフライパンで両面焼いて、粒餡と胡桃餡で。
この三月に、胡桃餡を練って思い出すのは、水沢うどんを食べた味。そして蕗味噌のお焼き。私たちの文化。食べると言う事は、さまざまな加工の智慧、そこに集積されるまでの自然と季節を見つめながら、日々工夫をし、手をまめに動かし私達へと渡してくれた気持ち。 
 この凍み餅に入っているオオヤマボクチ(ごんぼっ葉)、そして糯米。油で焼いて、お醤油だけでももちろん美味しい。三月の末日に、この春を悲しんでいる友人たちよ、この春を胸をうつように嘆いている、女たちよ。もう二度と春などは来ないと、その人の世の哀しみを抱え込んで、天は恵み、地は芽生えを、与え続けてくれたのだ。それを忘れまいと、食べることを尊びたい。数字に縛られているのではない、いのちへの信頼。
 
 
 

2017年3月27日月曜日

新しい暮らし方・・・


 のらんぼ村のクッキーをお土産に戻って、美味しさを噛みしめ山梨県産小麦・ライ麦。
私達には可能性があるだろうか。
 第二回里山フォーラムがあると、呼びかけがあり、一人行動の日だったので、四月にも備えした道をひた走り、高根農村環境改善センターまで行けました。
 農村移住の先に何をつくりだせるのか。田園回帰から、さてどうするのかというところでしょうか。着実なのらんぼ村の歩みも素晴らしいなと聞いていたのですが、帰り際に、マイクが回って、つい発言。あたらしい暮らし方。もう「一人前」という言い方はやめにしないか。これは、かすみがうら市でお話できたことも踏まえ、いろいろな条件の人が力を互いに寄せ合って生きていけるそういう社会にななれば、もっと生きやすいのにと言う事。その中には、一定の基準で量るのではない人間の(いのちの)評価が有るはずだと言う事。そこまでを、フォーラム終了間際に、いきなりの話で場違いを感じながらだったけれど、話してしまったと、帰り道はみぞれに変わらないうちにと、またした道を一時間余。

2017年3月10日金曜日

刺に守られ


 
 庭の川に面した側にホタルブクロがたくさん増えました。越してきて義母が川から飛び立つ蛍に手を合わせて拝んでいた事を思い出します。ホタルブクロの上に刺を出しているのは山椒なのですけれど、良い画像でないので、ご免なさい。明日はもっと焦点を合わせます。
 山椒の芽も、間もなくきりっとした緑で開いてくるでしょう。でもとても柔らかい芽です。その芽の出てくるところを守るように刺があるので、亡くなった義母が編んでくれたセーターがひっかかりました。
 こんな鋭い刺が芽を抱きかかえるように両側に腕を拡げているのだと、見入りました。
三月十日。義母の縁続きの母娘が門前仲町の防空壕の中で抱き合うように蒸されて死んでいたというその日です。
 語らずとも良かったのかもしれないけれど、本日の短歌の会で戦争の酷さを、歌った一首の説明をその経験者から聞きながら、義母が、その母娘を葬ったけれども、後になって行ってもどこだかわからなくなっていたという事を語っていたのです。歌の会には申し訳ない時間としてしまいました。
 あの下町大空襲のすぐ後に、行幸があるので、穢れを置いておけないと町内会で更にしてしまったという事。もしありのままを目にしていたら、その後の本土攻撃は無かったのではないかと。
義母も居なくなり、その頃をどう語ればいいのか。
今、見るべきものを見ないでいるのは誰なのか。