2016年1月13日水曜日

三平汁を


 暮に贈ってもらった新巻鮭は、その塩味だけでの三平汁をつくりました。冷凍してあった大根、芽の出そうなじゃが芋、おすすめの白菜。そして昆布。旨味と野菜の滋養と、ほろっと崩れるまで柔らかくなった粗。
 その、素朴な取り合わせ、コトコト薪ストーブの上で煮込んでおけば、少し帰宅が遅くなっても安心です。酒粕や、味噌の味で食べるところもあるのかもしれませんが、私は母が拵えていた少し石油ストーブの匂いも懐かしい大鍋の味に近づきたいのです。
 新巻鮭はしっかりと塩があったので、夫婦二人の私達には、加減が難しい。塩の足りない文庫番がピリッとしそうなものでした。
 山の中で、何人もの口へ入ったのは、幾らでも増やすことのできる魔法の鍋だったのだとまた思います。アガペーそれは饗食。冬の山道を学校から戻ると、温もりのあった屋根の下。自分でスプーンを持てる者も、その口元へ入れてあげる者も、共に食べていたそういう味を、今の社会でも、誰でもが、満ち足りて眠りに着ける。そういう湯気の魔法が漂っていたように思います。
 なんという贅沢に、私達二人では、このしっかりした塩味を何日で平らげるのでしょう。

2015年12月25日金曜日

世界中で


 何の諍いも争いもない、そういう日を私は願っています。

頂いたカードを飾り


 あなたを思い、この一年を過ごせたのです
 感謝しながら、新しい日々を見ることができます
 賢者たちも、野で羊を飼う人も

 宮居に泊まるのではなく
 大勢の旅人の路上にも近く
 馬舟の中に、希望の光がおかれます

 純白の産着の柔らかさも、父母の慈しみも
 あなたこそが、喜びの源
 きっと歩む道は、旅人であり
 冠るものには痛みがあるでしょう

 でも、私はあなたを思う
 そして、信頼によって、世界が満ちていく


                                きなり歳時記2007-2008 再掲
                                     マハラバ文庫 増田・大仏・レア

2015年12月22日火曜日

冬至2015年


 今年の冬至。入日の時間は少しだけ伸びて来て、一陽来復。
そんなに冷え込んだ日ではなかったので、大掃除の前準備とも言えるさまざまをしました。その実は、年末にしておこうと思っていた在庫確認。
 それなりに、減っています!と大きく言いたいところですが、ぼちぼち以下の様子。新刊は一ヶ月半を過ぎ、やっと落ち着いた感じになっていますが、文庫番が私的都合で営業の時間をほとんど取れてないので、読んだ方が、またお奨め下さらない限りは売れないと言うさま。朝市の束子箒ははけて行ってるのに。
 一年。また陽が伸びて、すべてのいのちが時を得て。その中に強弱があるのでしょうか。
暖かかった日中に、やっと胡麻を莢から落としました。これから篩ってゴミを風に飛ばします。
美味しく食べると言うのは、選別をしていくことなのでしょうか。どのようなものにもそれなりの役割があるはずだと、そっと置いておくことができればいいのにと、でも食いしん坊だから、選り分け異物を取り除きます。異物と言っても、莢や葉っぱなのだから胡麻は胡麻。
 共同コロニーとは、自発的共同体とはどういうものを言っていたのでしょう。これからのこの国でまた現れるのでしょうか。優劣ではなく、それぞれの個性だから、お互いに納得できるといいのに。
難しいことなのでしょう。男女を問わず自分にない能力を持ったものとは、そこに比較して自分を観てしまうのが軋轢のもとなだと、知っているのに、感情というものは克服できにくい。そういう個々が集まって、生活をともにしていく難しさ。市場主義だけがこの世の競争原理ではない、人の不条理。愚かさを笑えない。
 新しい、先の見えるというのは何なのか。味噌を小分けしながら一番思っていた事でもあるのです。若い者にも、老いた者にも、すんなりと互いを認めることができればと。
 これからの終の住家を考えるにしても、文化を伝えるにしても。     文章未了


2015年12月16日水曜日

葉書にて


 母の本を出して、一ヶ月余り。慌ただしい中にいろいろなことばを頂いています。
どれにも、文庫番の気付かなかった内容を感じ、それぞれに受け止めてもらえたことを感謝するばかりなのです。その中に、札幌の病院から名取さんからの葉書もありました。なんと有難いこと。
 ご賛同をお願いした方々は母との交流があった人達だったのですが、その中でも、大仏照子の生涯とともに居た名取さんから、もう一度、書き足すべきエピソードを、綴って送ってもらえたので、父を語る際には、抜かしてはならないものだと、どこか、浮遊していた刷り上がり後の自分に叱咤をいただきました。

2015年11月11日水曜日

新刊のご案内!


 自分の親のことなど他人さまには読み難いものを。
書きながらもそう思っていたものだったのですが、文庫番は一冊の本として出しました。
どうしてなのかは、書かれています。冊数も少なく、力ない小社の販売ですがご興味をいただければ幸いです。
「無縁の地平にー大仏照子の生涯ー」2000円プラス税(2160円)マハラバ文庫 10月20日発
刊

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2015年10月29日木曜日

有難くて


 文庫番が、母の記録を書いているという知らせに、出版の折には送料もかかるだろうから、使って欲しいと一冊のファイルが贈られてきて、お互いの供養になればと有難く思うのです。
 あの、掘りごたつに温まりながら不自由な指先で一枚ずつの切手を整理していた姿。言葉が不自由であったけれども、鋭い感性と知性があって、そのもどかしさの中に、コレクションを続けていて、あれから40年は経つのでしょう。彼も亡くなり、そのご遺族さんからのお申し出。
 もったいなくて、これらを使ってしまっていいのだろうかと思うけれど、母の記録というのは実は、一人の生き方ではなく、繋がっている大勢の人達の生きてきた証。
 今回の本の中には、母の手紙や文章も多く入れてみました。そして父の手紙も。
あの頃を。文庫番も知らない月日を、母を、私たちを支えてくれていた大勢の人達。教えると言うのは実は教えられているのだと、父は言っていたのです。彼達の人生も断片として見えてくる本になっていれば、このお志しに報いたことになるのでしょう。