2011年3月22日火曜日

回復に向けて

 やっと、対処手術が終わったところです。母の居る茨城から戻って半日、不気味な風の強く吹く中、レイモンド・ブリッグズの“風が吹くとき”を観た記憶を思いだしながら用を済ませ出かけていた間に、義母が幹線道路の横断中に転倒。骨折。たまたま休日で在宅していた連れ合いが電話を受けて中央分離帯で救急車を待つ事5分。病院に行っているところに戻った私に、義父が告げる行き先は、テレビに映っている地震被災者の避難先の名前。はて?どうしたものかと、お義父さん〇〇じゃないと確認し、連れ合いと入れ違いに病院に行ったのです。 急にぽっかりと義母が家に居ない。義父は同じ報道ばかりで、言っている意味がわからないと、テレビを前に座っています。そっちも心配しながら、担当医に今後を聞いたり、介護保険認定の申請をしたり、でこの数日が過ぎています。近いところの病院への往復などなど、している空には、月が赤く上るのを観、その反対側にある東京スカイツリー、各家庭への電波を受ける機器の需要は仕組まれている不必要な消費ではないのかなど考え、降り落ちる大気も雨水も、恵みと感じられない春を嘆きました。雨水利用東京国際会議の時に、雨水宣言というのをしているのです。二度と黒い雨は降らさないという宣言でした。文庫資料のどこかにあったかな。探してみましょう。
 そんな事を考えても、身動きできないですね。いったい今の自分にできることがあるのだろうかと考えます。本日、義母の大腿頸骨を金具で止める手術は終わりました。明日からはリハビリだそうです。退院時には介護認定もできているようになると良いです。母にはやっと、後からの連絡になるけれどと伝えました。まずは、身近な人々に少しでも微笑むことができるようにしたい。不肖の娘・鬼嫁の自己改造です。

2 件のコメント:

余情 半 さんのコメント...

重傷のご様子お気の毒です。看護・介護も大変だと考えます。また、お里の母上のこともご心配でしょう。重なりましたね。もう、お互いにこうも災難が多いと探す言葉もなく、月並みな励ましの言葉しかかけられません。回復をお祈りしています。皆さんくれぐれもお大事に。
ん!こんなときこそ、私はほうれん草をもりもり食べてポパイをするつもりです。買い占めてやる(福島産、群馬産、栃木産、茨城産、あっ虚しくなった…)。
ちばりょうや。きばっど!そうだっぺ(?)

増田・大仏・レア さんのコメント...

ありがとうございます。励ましの言葉を余剰 半さんから頂くと、あの黒糖の力をさらにパワーアップします。