2012年3月11日日曜日

山川草木国土悉皆成仏


 この日までの一年、長かったです。兄は天台の僧侶。母はカトリック。連れ合いは、日月も含めて神道の様です。寛容性があると言えばそれまでですが、オーソドックスであるものは、抱え込む幅があると思っているのです。
 それでも、それぞれの教理との間での引き裂かれるような思いで文庫番としての今までがあったのでした。ですが、この一年を経て、その難しさ、軋轢から解き放たれたのです。どのような宗旨も、どのような政治観も、哲学ですら意味を見いだせない、無明の中に落ち込んだから、そこからの新しい歩みになるのには、ただ、いのちを、生かされている事を信じられる自分への信頼。言いかえると、すべての悉く在るものへの、あるがままの受け入れ。受容によって、宗教の違いからも解き放たれた、大きな抱擁の中に居る事ができるのです。
 その事を、考えられたことで、あまりにも大きな自然の力によって引き起こされた、事態を整理していけるようになったのです。この二つの事を考え続けた一年でもあったのです。東日本大震災の悼み。それまでの既成事実も含めて葬らなければならない大きさ。そして、そこにどのような、信仰、または思想で葬送と祈念をできるのか、母と、兄と、連れ合いと、そして世界の痛み、歪みを越えていかなければならないのだから、自分なりの、精神の支えを持つとしたら、いのちへの、悉く在るものへの、あるがままの受け入れとします。
 そして、いのちを損なうものへの憤りを示し、大きな叫びとできるのだと、自分を認められたのがこの一年なのでした。

1 件のコメント:

増田・大仏・レア さんのコメント...

cityさん、ありがとうございます。