2012年1月20日金曜日

寓居


 金柑の甘煮。安穏朝市で綾部の自然なものよと、中川誼美さんから、生の金柑を買ったのですが、以前知り合いから聞いていた四回煮含めてという甘い作り方。秘儀伝授していただき、我ながら初めてにしては満足のいく出来でしたが、煮あがった夕方。佐須の菅野栄子さんの仮設住宅への訪問が、次の日となりました。お土産に得意気に持っていく事にしました。 仮設住宅の事、今の東京電力への事、国に対する事。またあとで、文庫番的に書こうと思っています。
 母が、山を降りた時、仮住まいに大佛寓と、表札代わりの竹札を持ってきてくれた人がいました。所詮この世は仮住まい。そう言っちゃあ、お終いよ。
 昨日、あの震災以後初めての仮設住宅訪問。この悲しさ、怒りをどうしたらいいのか。仮設住宅のおこたでも笑いながらも、許してはならない事と、理不尽さを受け止めるのです。その一方、自分たちも享受してきた便利な生活を皆も解っています。
 味方でないものは敵だとしていいのかという問いが、SNSでありました。これは大変深い在り方に対しての問いなのです。単純に、切った張ったで、敵味方を言うのではない。敵は殺せと最後になる事を、回避していく智恵を持たなければならない、今世紀的問いかけです。
 「まず悪より遠ざかれ」これが「善は急げ」の対句なのですが、善は急げは人口に膾炙していますが、悪より遠ざかれというのを、言い淀むのは、善は、判りやすいのに、悪というものが、判然としない事だからなのかもしれません。多くの人が自分の中に抱えている不条理。そこから解き放たれたいと、数世紀。食べるということを弱肉強食でもなく、単純な採集物の分配でもない、経済行為で道筋をつけようとしてきた、人間社会。我が国。そこで、マネーゲームの中をもっと知るべきと、ムネオさんにも言われるけれど。その上で、私たちが撰ぶべき道筋。やはり道は拓いて行かなければ歩けないのでしょう。誰しもが、利他を願いながら、苦しんで。人がこの世で生きていくのは仮の姿。いつかはきっとより良い社会になっていく。
 まだ、数世代かかっても、新しい融和の在り方を探っていきたい。味噌の里親は儲からない。けれども互いに無理をしない。そこにも答えがあるはずです。丁寧に食べるという事。

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