2015年5月5日火曜日

対の物


 端午の節句にはと、数日兜飾りの後ろに鐘馗様の軸物を下げました。
桃の節句の立雛の額と同じ小林恒岳画伯に画いていただいたもの。
長男が生まれた初節句に、父が揃えておいてくれたものです。
どうも、画伯も、和尚の顔にも似ていると言ったとか、渡される時に言われましたが、髭面になっての父が居るのかもしれません。
 母の生涯のあらましを書いた今、書き足りなかったところ、調べたりなかったところが続々でてきてしまっています。最終までに入れ込むかどうか。
 全体に考えれば、父の短かった生涯をあらためて書くべきなのだと解ったのです。起しあぐねているテープを書き留めるのを、どのようにすればいいか、その技巧として、あくまでも文庫番の知っている像を綴っていく事が肝要なのだと、そうでないと、母の生涯だけを浮かび上がらせても意味がない事なのだと、考えられます。
 あらたな一冊を始めなければなりませんね。
父の姿を厳めしい大きな声の和尚と言われるだけから、世の中の邪からの守護の姿になるように。

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