2013年11月19日火曜日

種綿は・・・・

 昨年は、ただの掛詞のようにあった種綿は、義父と楽しみにしていた誠園で芽を出して、葉を茂らせまた今年の種を宿しています。さらに、数か所にお分けすることがたまたまできました。私には未知の手仕事も誘っているのかもしれません。プロ・・・・になるかしら。

 その前に、庭畑の実りをひたすら選り分ける作業が待っていました。ただ選り分けて風でとばしている微かな欠片たちは、胡麻にしても綿にしても、そうそう麦もまた作業しなきゃ。それらのチリはまさに塵なのです。箕から風で飛ばされていくのはまた土に戻っていきます。その陽だまりの時間。満たされている。過去幾世代ものはるかな祖先たちも、洞窟の入り口でしていたと思う風選別。文庫番はまだまだ、その技を身体に引き出せません。
 伊達東の仮設住宅で一体何の話しをしていたのかといえば、この季節の実りの作業。丹念な女たちの指先が、陽だまりで、生きる喜びを拾い、太陽の輝きを浴びながらしていた作業の断片を、見せててもらったのです。エゴマが瓶にいっぱい入って。それはただ選るしかないのだと。もらった胡麻は蒔くと場所がなかったからね。いいのです。この瓶のエゴマを見ることができて。
 それは、あの唐紙もなくなった寺の庫裡で押し入れの下の段にあった、つくばの胡麻も思い出させるのです。障害をもつ息子をひたすら思い、何かと送ってくれたある母親が居た事を。そうですあの綿入れちゃんちゃんこを縫ってくれた根本かねさんは、そういう手仕事を惜しまなかった。そしてその旦那さんが、“ずるびき”という呼び方のうどんを打っていた話。大晦日か馬の種付けに獣医さんが来た時の特別な料理。きっとかねさんの胡麻も添えられていたのではないかと。陽だまりで胡麻を選りながら、さまざまな記憶が空中に舞いあがり、土に沈んでいきます。
 文庫番は、もう身体で覚えられる世代ではないから、聞きおぼえた事の実証、追体験ができるだけですけれど、何も猛々しいマシーンを使わないでも。。でもその風選別をしている反対側の軒下にはチェーンソー。私たち三人、メンテナンスしながらの暮らし。連れ合いの軽手術は義母の大手術とは違いあっけなく。二日三日の様子見で、わ・た・しの運転で、この庭に戻ってきます。しばらくは薪割りも文庫番仕事になるかと。。なかなか金曜日も土曜日も出かけなくなりました。ここに抗いの在り方もあるのだと。抗い続けるのだと。
 それより、大豆の収穫後は、何らかの機械力も 春に備えることも考えないと、また来年も手で石を拾いカラスに学ぶばかりになるのです。今持っているのは菜種に大麦、小麦、胡麻に綿。栄子さんのニンニクは、庭の木の下で芽がもう出ています。綿の作業もしなければなりません。種を採るために必然に繊維なのですが、綿、育てた事もなかったのに種があったからと植えて、日照りも台風も来て、今霜の頃まであったのを無理無理小さく押し込んだら乾燥していた萼や軸が砕けて繊維に混ざってしまいました。これも取りのけて・・。
 

 その摘み取りは、大所有の綿畑にいた逃亡奴隷たちにとってどれほど辛かったのか、その片一方で自動織機ができたときに手織り職工たちの暮らしがどう追いつめられ、資本と闘い、闘い、抗ってきているのか・・・。学ばなければと。
 

 私は、陽だまりで、胡麻を選り、ストーブの横でで綿からゴミを除きます。

集全學文衆大界世
ンビケ・スムト・ルクンア
ウトス
朗次律氣和
社造改
年三和昭
 
 
黒いランプ
ピーター・カーター
犬飼和雄
ぬぷん児童図書出版1979年
 
 
アンクルトムの小屋については敢えて書きませんが黒いランプの中を少し
1819年のピータールー虐殺事件が描かれています
言論と集会の自由を禁止した法律がどれほど労働者を苦しめていたか
そんなことばも書かれています
 
 

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