2012年6月11日月曜日

感謝

 二カ月経って、6月9日「大仏(おさらぎ)照子(あきこ)を偲ぶ会」実行委員長里内龍史さんを軸に行われました。写真には、司会の坂本さんと献杯の天海さん。  プリントアウトしたものではなく、書をいただいての横看板でした。土浦モール505ホール。最初は30人程度と言っていたのが、50人、60人となって、ホールは100人まで大丈夫だからと言われてました。雨にも関わらず大勢の生前の母との交わりがあった方々が出席してくれました。皆さんからの一言一言を、子供達と聞きながら、寺の庫裏を賄うだけ、そして、古アパートを拠点にし、他の人達のお手伝いだけをしてきた母がくすぐったく思ってはいないかと、至らぬ私は考えていたのです。82歳の賄いのおばあちゃんがこんなに大勢の人に、死んでのちにも集まってもらうなんて。讃辞をたくさんいただいてしまいましたが、人との交わりの中で生かされてきたのが良く解ります。私が生まれる前からの父の友人も来てくれていました。そして、この2カ月母の前に花の絶える事がありません。本当に皆さんに感謝するばかりです。  大仏の家の大正期の貧民救済、社会運動や、父との農民運動、障害者解放運動。青い芝の歴史。北海道での母の生い立ち。富良野国の子寮での仕事。信仰。そして晩年のネットワーク。脱原発、冤罪、死刑反対。  この日に冊子となった母の原稿は、マハラバ文庫としてまとめていかなければならないものです。どこまでできるのか、三部構成でと思っていますけれど、今は、義父母の状況を見ながら文庫番の動きを組み立てなければなりません。資料の掘り起こしなどを考えると、即急にと思いながら、ちょっと厳しいかもしれません。  これらの活動、裁判支援などの時間経過を間違って記録することはありそうです。おっちょこちょいの文庫番には荷が勝ち過ぎている記録です。  大丈夫。少しずつやっていれば、必ず前に進めるから。なんとかなるのよ。そのことばを残してくれたことに感謝です。

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