2011年2月21日月曜日

巻き戻しの機会


 母が言います。あなたのしなければならないのはお父さんのテープを文章化する事でしょう。いつまで朝市商売やっているの。
 そうは言っても、目にみえるお金は必要なのですけれどね。
 何をやっているのか、定まらない様に見えてしまうマハラバ商売ですが、協同をことばとする事業。すこしずつです。父とは、やり方は違うかもしれないけれど、これを忘れたわけじゃないし、兄も同じだと思うのです。どこかで、すれ違っているのならば、人生に巻き戻しができるなら、ああ、さかのぼることはできないのでしょうか。
 一巻きずつ聞いていこうかしら、今はカセットをファイルにコンバートできる機械もあるし、べらんめえのところも、茨城弁のところも仏教用語も、私にもわかるようにしてくれる翻訳コンニャクもマハラバで仕入れるか。そう。いつも原点を忘れないと思っているのです。

2011年2月4日金曜日

おいらの天下


異常乾燥注意報が出っぱなしで、あちこちパリパリ、ピリピリする関東地方ですけれど、我が家の隣。
門の中の自家用車の上で、布団干しをしていました。
 そこで小一時間身づくろいをして、実に泰然と天下夢想をしています。

2011年1月25日火曜日

相棒


「きなり歳時記」の打ち合わせで出かけた時に、洋品店の閉店セールに行きあったら、とても手の出ない衣服から、外れたポールにこの子がいたのです。目があった瞬間から、相棒だと。
 どうしても、連れ帰ってやらなければならなくなって、少しの値引きを交渉したのですが、服なら着る事ができたかもしれません。
 ロシ子と名付けて、朝市への荷物を運ばせているのですが、その吊り紐をまた私が運ぶというおかしないで立ちになるのが、ちょっと不自由。ちゃんと、尻尾も4本脚もあるので、お荷物といえばこっちの方ですが、それが相棒というものなのでしょう。
 昨日は、母のところで、四方山話。凛として生きていてくれます。
 

2011年1月19日水曜日

寒行

知人から電話があった。お宅のお兄さんについて、警察から連絡があって、何かしたようだ。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110119-OYT1T00057.htm
兄が警察につかまったのは何回になるのだろう。ずっと、私のところへの直接の連絡は来なくなっているので解らないのですけれど、またなのかという思いと、母はこれを聞いても大丈夫だろうかという思いとが、短い時間でフラッシュのように頭に浮かぶのです。
 でもね。お父さんの思想を一番お兄さんは受け継いでいると思うの。法というものが、取り締まりというのが如何に、体制のためにあるか。と言うと相手も、ある意味納得してくれる。
社会の不条理というもの。貧しい寺の子が、一人で生きていく時に托鉢しかできなかった。それから数十年。比叡山でした修行も、兄なりの論理もたぶん、受け入れる社会ではないのだと思っているし、住所も職業も、語らずして、認められる立場でない者なのだろうと。
 すでに、母が山を降り数年たった時から、絶えている関係ではあっても、兄は兄。

 それでも、兄からは連絡先としては、私ではないのです。身内という考えは出家だからなのか、すでに縁の切れたものと考えているのか、こちらに迷惑にならないようにと、言わなくなっているようだとしかここに書けない。推しはかろうとして、幾十年、片身を分けた兄であっても、そのこころの内は解らなくなってとざされたまま、どこかで世間様は、あなたのお兄さんと。
 言われるまでもなく一生。この兄については、私の兄である。そう思いながら、インターネット上のニュースでしか繋がっていないのです。
 むしろ、一人の托鉢僧の主張としてみれば、立派なものだと読むのです。一所不住、僧と認めるものがあっての僧であるのに、住所・職業が不明であるとは、やはり法の論理というのも、手続き論でしかないと。

2011年1月16日日曜日

2011年1月4日火曜日

まま、満足


2011年を迎えたお飾りはベランダで育てた稲穂と夢の谷の稲藁を綯ったもので、作ってみました。

2010年10月19日火曜日

スカイツリーと稲穂


今年のすみだこまちは出来が悪かった。実も少ないようです。