2010年6月6日日曜日
6月6日
一年、ホームページの形態を変えてみた。株式会社のサイトをどう表現するのかが難しい。個人と法人との二つの人格を表しながら、一人で運営するというのは、本来のひとの生理からは外れているのだろうと思う。ジャン・ジャック・ルソーの本などを読んでいたのは高校時代。社会制度がきしんでいるのは、明治以降の欧化の無理からあるのだろうか。現実には地球全体が、一辺倒の考え方では表現できないと言っているのだから、じっくり、序々に変化していくのだろうけれど、まだ、しばらくこのサイトの形で個人と法人の別を表現しながら、マハラバ文庫の文庫番でいなければと思うし、宿題となっていることもしないとならない。家族の中にもいろいろと変化があって、下の娘は家に戻ってきて非常に助かっている。
2010年5月29日土曜日
筋を通せない
5月を終える前に、少し書類資料の整理を・・・・。始めても読みふける半日になります。まだ出してあるホットカーペットの上で文箱開けたりしながら、白保のサンゴ礁を守ろうとあったのが1984年。だったのか、平良さんからの呼びかけかなど見たりして、そうそうこのころは大仏の姓で書いていこうとしていたのだったけど、今はどちらも使う両姓使用をしているのは、間に自他との在り方について、頓着しなくなったからだろうか。家とは、夫婦とは?自でありまた他であり・・・・。そんな感じで通そうとした筋が見えなくなって、右往左往。右も左もあっても良いか、それも在り。そのような時期を経て多くの人が呼ぶ文庫番でしかなくなったのでしょう。
今読みなおしていた本で思い出した、父の文章。これも署名はしてないけれど、和尚の思想の一部となっているものです。マハラバ文庫でアップしていかないとならないのかしら。父はなぜこれには署名をしなかったのでしょうね。なんだかごちゃごちゃと整理のついてない曇りの日です。
2010年5月20日木曜日
綿入れちゃんちゃんこ
今、こういう仕事をする人は居なくなったわね。というよりはこれは、お母さんへの心だわ。そして、ボクちゃんへのカネさんの思いね。よほど、大事な息子さんを託して、その感謝の思いでしょう。自分の請けた仕事の中から少しずつを取りわけて、そして柄も合わせて作ってくれたのね。大事にお母さんが着なけりゃ駄目じゃない。というと、私に持たせようとしたのを、また大事に衣装箱に戻してあります。
CPの息子を預けた、母親が一針ずつ仕立てて、綿を入れて作ってくれたものです。こういう一点ものは、粗末にはできないものです。この息子さんは、山形県での青い芝の中心で動いてくれていました。もう30年近く母は仕舞いこんであります。先日、季節の入れ替え手伝って、私に持っていけと言うのを、止めたのです。母に着て欲しいという、同じ母親としての思いだったのだろうなと、いつか受け継ぐかも知れないとも思いながらでした。
2010年5月6日木曜日
2010年5月3日月曜日
2010年4月25日日曜日
2010年4月21日水曜日
旅人
月日は百代(はくたい)の過客にして 行きかふ年も又旅人也・・・・と読みだして、昨日は、朗読の会の発表会でした。おくのほそ道。旅人への尽きぬ憧れを多くの人が持ちながら、それを作品とするまでに、この書き出しに五年松尾芭蕉はかかっているという、先生の講義に、一語一句読み取りながら声に出し、耳で聞いてまた、身体にそのリズムを埋めていき、自分の朗読とする。上手下手ではなくて、自分なりの読み方を創っていくのだそうです。
日光の開基は空海じゃなくて、徳一太師ではないかとか、ふっと疑問を感じるとそこで言葉につっかえリズムが乱れ、旅へのいざないも、文の道への楽しみも崩れるので、ひたすら、音と身体のリズムを合わせ、呼吸を整えやっと、一節を読み終えると、読みこんでそらで言えるようにとさらなる指導が・・・。
ひとは皆、旅人。
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