2018年3月13日火曜日

甘夏




 ちょうど、資料の掘り出しをしていた日に、配送で3個の甘夏が届いて、ママレードにしようと考えています。
 農薬を使わずに甘夏を育てるのは、水俣の生産者の祈りのようにも思えます。水俣反農連さんの95年のメッセージ。真ん中に杉本栄子さんの文章。文庫番が子育て中、自分の育った山で母が作っていた夏みかんのママレードを子どもたちにも食べさせたくて、2㌔箱で買っていた頃、中に入っていた紙が資料の中にあるのです。自分が山に居た頃石牟礼道子さんの「苦海浄土」を読んでも、障害者の人たちと暮らしている状況で、もとの働ける身体に戻してくれ!という意味のことばにはやはり距離を感じてしまい、それでいいのだろうか。本当にそういうことばだったのだろうか。その意味は。と長くしこりを残したままだったのが、杉本さんの文章に出会って、「生きんがために」そのことばで、共感できたのでした。自身が水俣病で冒されていたからこそ、無農薬のミカンでないといかんのだと。・・・。ここに熊本弁のままで書かれている深さ。そして、小欄に書かれているそれぞれの生産者の言葉。阪神大震災へのお見舞いの気持ち、購入している消費者への励まし。それを読んでいくと、ああ、誰しもが生きていくという事がいとおしい。写真の中のどの方だろうと一枚の紙を見ながら、ママレードを作っていたこと。
 今年も、3.11の味噌仕込みをして、台所から繋がる。一方的な支援ではなく、教えられることの交流を続け、それは、水俣と台所で繋がっていたこと、教えられたこととまた反復します。
 マハラバ文庫の「きなり歳時記」の中では、もとの働ける身体にという事の本歌取りで、働ける身体を損なった男は・・・と敗戦記念日の短文に使わさせてもらっています。それは反農連の一枚のチラシのことばで、こなれることができ書くことができたのでした。

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