2011年6月15日水曜日

所詮この世は

仮住まいなのだと思う。この数日間、実にめまぐるしく動いていたと思います。どちらにしても、義父母とのくらしを中心に組み立てるのに、土・日は岩手盛岡に行き、始発で帰り、その翌日には茨城県南に朝のうちに着くようにし、兄の土浦駅内での托鉢に伴う、暴行事件のなりゆきを見に行き、次の日は、新宿の京王プラザホテルでの総代会のなりゆきを見、水曜日には、山梨に連れ合いと行き、人生のなりゆきを見る。その合間には、娘たちとのリレーで、義父母の食事があったのです。
 所詮この世は仮住まい。そういう思いに浸ったのです。これだけ移動していると、しっかりと、朝からご飯を炊いて留守宅用にはおにぎりを置いてでるのに、自分は駅で買ったおにぎり。
しかし、日本の食事は、薄っぺらな味になってしまったのだと、思わず涙が出そうになるのです。この兄とも行き来せずに、ひたすら食べるものを追いかけてきた間。社会への働きかけができていなかったのだろうと、消費者としての自分の家庭の食しか考えてこなかったのだろうと、外で買おうとすると、単純なおにぎりですら、これほど、添加物にまみれているのか、鬼嫁になりきって、義父母の分を減らして、自宅で炊いたお米でつくったのを持って出る方がどれほど納得できるのかと、思うのでした。
おかしい。なんのために。

兄は、実刑でした。行為は行為であっても、通じない理論の中。いづれ茨城の朽ちた寺で死んでいく覚悟であることは確かめられたのです。言葉を交わしたのは四半世紀ぶりでした。

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