2009年2月21日土曜日

読む

 そういう役割もあると、ル・グウィンのヴォイスでは書かれています。そうなのです。文字のある事があたり前だと思っているのは、近代の誤りですね。
 文字に頼らなかった時代の読み方。そんな事を考えながら、放送大学をつけっぱなしにしていたら、「表象」とは何なのかをテーマにする講座が始まっていました。なかなか見たいと思うものが全部見られるのではありませんが、放送大学は面白いです。特に特別講義であるものは、楽しくわかりやすいものがあります。

2 件のコメント:

余情 半 さんのコメント...

 職場は情報がほとんど電子化していますので、また時間との闘いで、クリックを繰り返すことが頻繁です。広く、あるときは深く読み解かねばなりません。また数もこなさねばなりません。「迅速、正確、事実にのみ基づき、ひとりひとりに」を心がけています。右肩に常に懲り、あっいや凝りを感じています。
 放送大学はいかにも講義然として雰囲気もあります。また放送(編集可能)という性格上ビシッと時間内に収まり、脱線がありません。経験上、面白そうな講義は昼間が多いと考えられます。今ごろは年度末で集中講義(連続再放送)があり、理科系に弱い私が「宇宙論」にのめりこめたときがありました、休んでいるときで偶然の所産でしたが。なかなか観る機会がなくなりました。ご多忙のようにお見受けしますが、幅広いシフトさすがと感じ入ります。よいこらさっと。えとせとら。

増田・大仏・レア さんのコメント...

コメントありがとうございます。
なんというか、お喋りする箱。画像でも説明してくれる、いまだ一方通行の箱なのですけれど、この頃はほとんどテレビを見なくなりました。その中で、放送大学はほっとできる内容があるのです。情報の偏りを多くのテレビ番組に感じるのは送り手の問題ではなく、受けてである社会であり私自身の問題ではあるのですけれど。