文庫番日誌
2010年6月14日月曜日
梅雨入り前に
晴天の追い込みのような土曜日。雨水探検隊は区内荒川河川敷での自然観察会。小学生の多学年を保護者同伴で雨水探検隊スタッフが引率しますが、自然観察会そっちのけで、木登りしたり、相撲を始める男の子。
まあ、引率は毎年大変ですけれど、広いところ。木登りする男の子も相撲の取っ組み合いをする男の子も、久々に目にしたという気持ち。伸びやかでいたいです。
2010年6月6日日曜日
6月6日
一年、ホームページの形態を変えてみた。株式会社のサイトをどう表現するのかが難しい。個人と法人との二つの人格を表しながら、一人で運営するというのは、本来のひとの生理からは外れているのだろうと思う。ジャン・ジャック・ルソーの本などを読んでいたのは高校時代。社会制度がきしんでいるのは、明治以降の欧化の無理からあるのだろうか。現実には地球全体が、一辺倒の考え方では表現できないと言っているのだから、じっくり、序々に変化していくのだろうけれど、まだ、しばらくこのサイトの形で個人と法人の別を表現しながら、マハラバ文庫の文庫番でいなければと思うし、宿題となっていることもしないとならない。家族の中にもいろいろと変化があって、下の娘は家に戻ってきて非常に助かっている。
2010年5月29日土曜日
筋を通せない
5月を終える前に、少し書類資料の整理を・・・・。始めても読みふける半日になります。まだ出してあるホットカーペットの上で文箱開けたりしながら、白保のサンゴ礁を守ろうとあったのが1984年。だったのか、平良さんからの呼びかけかなど見たりして、そうそうこのころは大仏の姓で書いていこうとしていたのだったけど、今はどちらも使う両姓使用をしているのは、間に自他との在り方について、頓着しなくなったからだろうか。家とは、夫婦とは?自でありまた他であり・・・・。そんな感じで通そうとした筋が見えなくなって、右往左往。右も左もあっても良いか、それも在り。そのような時期を経て多くの人が呼ぶ文庫番でしかなくなったのでしょう。
今読みなおしていた本で思い出した、父の文章。これも署名はしてないけれど、和尚の思想の一部となっているものです。マハラバ文庫でアップしていかないとならないのかしら。父はなぜこれには署名をしなかったのでしょうね。なんだかごちゃごちゃと整理のついてない曇りの日です。
2010年5月20日木曜日
綿入れちゃんちゃんこ
今、こういう仕事をする人は居なくなったわね。というよりはこれは、お母さんへの心だわ。そして、ボクちゃんへのカネさんの思いね。よほど、大事な息子さんを託して、その感謝の思いでしょう。自分の請けた仕事の中から少しずつを取りわけて、そして柄も合わせて作ってくれたのね。大事にお母さんが着なけりゃ駄目じゃない。というと、私に持たせようとしたのを、また大事に衣装箱に戻してあります。
CPの息子を預けた、母親が一針ずつ仕立てて、綿を入れて作ってくれたものです。こういう一点ものは、粗末にはできないものです。この息子さんは、山形県での青い芝の中心で動いてくれていました。もう30年近く母は仕舞いこんであります。先日、季節の入れ替え手伝って、私に持っていけと言うのを、止めたのです。母に着て欲しいという、同じ母親としての思いだったのだろうなと、いつか受け継ぐかも知れないとも思いながらでした。
2010年5月6日木曜日
牧場バス
連休後半、山梨県北杜市高根に行きました。浅川巧について書かれた本を読みました。行程に浅川巧資料館に寄るという事を考えたのですが、行けませんでした。また、この辺りにも行かなければと思います。白磁の人上映運動は北杜市のホームページからも繋がっています。
くらしの中からの友好を、ひとの平等という目でできたのだと思います。番外編での
韓国行き
で、浅川巧の植えたと言われている木をアップしてあります。根を下ろした結び付きを創ってきてくれた先人は居るのですね。
さて、レンタル自転車も返して、移動はもっぱらバスの利用ですが、さすがに牧場の多い地域でした。すっかり溶け込んでいる牛たち。
2010年5月3日月曜日
あっという間
ダラス遊学中の娘が、連休初旬をかすめるように帰国。そしてまたダラスに戻りました。
お母さん興味あるでしょうと、日頃自分の買い物をするマーケットの広告を持ってきました。
ファーマーズマーケット、価格は他と比べると2・3倍します。
決して果物など美味しくない。と我が家の味を楽しんで戻って行きました。
2010年4月25日日曜日
美ゅら海に
昨年12月に行った読谷の海でサンゴの養殖をしている金城浩二さんのお話。どうも映画が撮られているという事は訪問の際にはお聞きしたのですけれど、その原作本。
海を守りたい。
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