2009年10月17日土曜日

八十路の抵抗

春からディサービスに行っている母が、びっくりして話してくれたことです。
いろいろと、季節ごとの行事で通所者も楽しんでいるんだけれど、名月に大きな花瓶に薄の穂を飾って、その後ろにね・・・。満月の代わりに日の丸の旗を壁に張っていたんだよ。あら黄色くないのねって言ったけどね。そしたら今週は運動会で、フレーフレーって声援するばかりじゃだめで、国歌斉唱までみんなでするんだけど、その辺りではもう疲れて口が開かなかった。職員さんたちは、さっきまで元気だったのにって不思議な顔していたけれど、もっと不思議なのは、周りのそれまでぼーっとしていた人たちが大きな声で歌った事。私は歌わなかったよ。だそうです。年とるのも楽じゃないようです。

2009年10月11日日曜日

秋日和


昨日は、1964年開催の東京オリンピックを記念した、体育の日。それは、晴れの特異日だから選ばれたということですが、近年は、天気もまた固定観念では語れなくなって、台風18号の残した落ち葉を片づけて、出かけていました。それでも、秋日和。

 午前中の話し合いでは、東京オリンピックの年を語れる人の集まりで、あの年に、スーパーマーケットというものが始まった。とか、それまでの瓶牛乳を牛乳屋さんが配達していたのが、紙パックの牛乳の登場した年だとか、清掃のボランティアをしたけれど、あの頃にはボランティアという言葉はなくて、「ご奉仕」と言っていたと、投げかけた話にこんなにも語れる内容があるのだと驚きながら、その会議は閉じて、青山の国連大学前のファーマーズマーケット@青山。
若い交流は何かを生み出している。

 渋谷が今農を語る場なのだと、そして、知っている顔の生産物。「顔の見える関係」という言葉も変容できる仕組みを今創っている。

2009年10月8日木曜日

この数日メールサーバー不調

今日は、台風のせい??送信ができない日。
この数日は迷子で受信できなかったものがあったとか。
ブロバイダーは若手の小さいところ。どうしたのかな?

2009年9月26日土曜日

想を練る時

一日、充実した日だったのは、どうしたわけだろう。
ベランダも秋の様相を整えた。
文章も進んだ。PCスキルは今一歩。
それでも、物事につながりが見えやすい日があるものだ。
連れ合いは今日は先輩と少し呑んでくるかもしれないと出かけた。

駅隣にふれあい産直という、以前はトラックの引き売りだった茨城の野菜の店ができた。
火曜・水曜は休みだそうだ。ATMに寄るとその隣だから、入ってみる。茨城産のグレープフルーツを売っていた。本当か?買ってしまった。それなのにふくれミカンを知らないのだそうだ。

2009年9月23日水曜日

今日で10日になる。

連れ合いが、アルコール類を摂っていない。
さあ、どうしよう。

2009年7月27日月曜日

アニタ・ローベル


 毛皮姫の作者。繊細な線と、歯切れのよい話運び。意思を持ったお姫様はブランコ乗りと恋をして・・・。
そのお話は確か松井るり子さんの訳だったのでしょう。子供たちの本をしまってあるところにあるはず。
だから、この「きれいな絵なんかなかった」は、ポプラ社の2002年11月第一刷りのものです。
訳者は小島希里装丁が丸尾靖子1600円。
 ポーランドにユダヤ人として生まれた女性だったのですね。あの戦争がはじまった時は5歳。弟は3歳。ばあやはカトリックだったし、収容された施設はスウェーデンのプロテスタントのところ。
 何が、人を支えるのか。そして、子供という生きづらい時期と書かれている時代。そうでなくても誰でもが生きづらい戦時下。ユダヤ人であるということの欧州。キリスト教文化圏での意味。
 何が、人を支えるのか。水、寝床、食べ物、衣類を描くことがこんなにも、私に歴史をさまってくるのかと人間を迫ってくるのかと。
 何が、人間を支えるのか。・・・・・・・・。

2009年7月21日火曜日

くらしの変化


 古典的な柄の浴衣地を抱えて数十年。何があったのか仕立てることを逃していたので、今年ならできるのかと呉服店に相談し採寸印し付けのポイントを教えてもらって、地のしをしたので、縫い糸と縫い針を揃えようとしたら、この頃は木綿糸で縫う人がいなくなったので、糸も針も置いていませんと、糸屋で言われてしまいました。思ってもいないところで、変化している暮らし。変化したから、繋がらない技術。明日また探しに行かないとなりません。そうでないと、また今年の夏も仕立てられないままになるのです。