2010年10月19日火曜日

スカイツリーと稲穂


今年のすみだこまちは出来が悪かった。実も少ないようです。

2010年8月27日金曜日

生誕80年

父が生まれてから80年経ったわけです。
45歳の時の文章を、マハラバ文庫にアップしました。8月後半はほとんどがこの写し作業でした。
いくつかの誤字を直しましたが、原則的な部分はそのまま。
徳一の出生など、通説とは違うので、少々原典資料が何だったのかを、確かめたいところがありますが、現状ではできません。
 独特のカタカナ遣いも、写しながら、戸惑うところもありましたが、やっと、ともかく5年目でここまでできたという感じです。この「異端の系譜」で、今まで散発のようにあった、論文の体系化ができます。
再度、新解放理論研究会の全体を読みなおしました。

2010年8月21日土曜日

紫蘇シャーベット



 本日は雨水探検隊の川の生き物観察会。小学生とその保護者の引率で江戸川新八用水の魚類調査に混ぜていただき、道すがらママのじゃむのお店の紹介(写真は冬)。
 江戸川に出るには墨田の子供達を押上から京成線に乗せ、高砂で乗り換え(駅が改装されていて階段登って改札でてから、金町行きホーム)て、柴又。寅さん記念館を越えて河川敷ですが、帝釈天参道横のママのじゃむを、地図に入れ、帰りの信号待ちに寄りました。
 水ガキ養成講座ですから、疲れ切って、のどはカラカラのところ、紫蘇シャーベットをいただきました。
感激でした。口の中は清涼になって、知人はジャムを買い、参加者で現地解散の方々には再度お知らせして、私は帰りまで引率でしたので、挨拶だけでしたが、次回は買わなけりゃ。

2010年8月15日日曜日

序文

ころび草の序文をアップしてみたけれど、1975年がどういう年だったのかと考える。これに続いて八月はもう少しアップしたいと予定している。

2010年7月6日火曜日

25年経って

父が逝ってから、もう26年過ぎた事になります。25年忌も母の体調を理由として、行いませんでした。
墓もなければ法要も行わず、寺の住職であったという事だけが残っているのも、不信心な娘を持っていたからと、諦めている気がします。
 やっと、気持ちの整理ができたのかもしれない。25年過ぎて、振り返る事ができるようになったのか、客観的に考えられるようになりました。
 まだ、文庫の形にはなっていないけれど、それでも父の持っていた本の一部を保管し続け、在り方を問い続け、文庫番自身の経てきた事も、母親の存在も。少しだけですけれど、感情を離して考えられる年月になっているようです。

2010年6月14日月曜日

梅雨入り前に



 晴天の追い込みのような土曜日。雨水探検隊は区内荒川河川敷での自然観察会。小学生の多学年を保護者同伴で雨水探検隊スタッフが引率しますが、自然観察会そっちのけで、木登りしたり、相撲を始める男の子。
 まあ、引率は毎年大変ですけれど、広いところ。木登りする男の子も相撲の取っ組み合いをする男の子も、久々に目にしたという気持ち。伸びやかでいたいです。

2010年6月6日日曜日

6月6日

一年、ホームページの形態を変えてみた。株式会社のサイトをどう表現するのかが難しい。個人と法人との二つの人格を表しながら、一人で運営するというのは、本来のひとの生理からは外れているのだろうと思う。ジャン・ジャック・ルソーの本などを読んでいたのは高校時代。社会制度がきしんでいるのは、明治以降の欧化の無理からあるのだろうか。現実には地球全体が、一辺倒の考え方では表現できないと言っているのだから、じっくり、序々に変化していくのだろうけれど、まだ、しばらくこのサイトの形で個人と法人の別を表現しながら、マハラバ文庫の文庫番でいなければと思うし、宿題となっていることもしないとならない。家族の中にもいろいろと変化があって、下の娘は家に戻ってきて非常に助かっている。